2025年4月7日に新東名高速道路で、広末涼子さん自身が運転していた車が大型トレーラーに追突。
搬送先の静岡県の病院で看護師の足を蹴るなどして軽傷を負わせ、8日未明に傷害容疑で現行犯逮捕されました。
4月16日午前6時すぎ、被害者との和解が成立し、拘留されていた浜松西署から釈放されました。
アルコールや薬物疑惑など様々な憶測が飛び交いました。
そこで今回、事件の真相を調査してみました。
この記事には、広末涼子さんの事件に関する本当の原因を記載しています。
【結論】:事故当日、男性マネージャーは持病の腰痛が悪化していたので末広さんが運転を変りました。
男性マネージャーは広末さんの妙なハイテンションに不安を感じながらも、広末さんが「休んで」と譲りませんでした。
それが事故の原因でした。
広末涼子事故原因の真相は男にすがりつく悪癖だった
広末涼子さんの事故に関する本当の原因を記載していきます。
W不倫後の初仕事は主演映画『おんおくり』
広末涼子さんは、2023年、鳥羽周作シェフ(46)とのW不倫が報道され、翌7月には夫だったキャンドル・ジュン氏(51)との離婚が成立しました。
2024年2月には所属事務所フラームを退所し、自身の個人事務所である「H.R」を立ち上げ、再出発をします。
再出発での初めての仕事が、主演映画『おんおく』でした。
骨髄バンクをテーマにしたこの作品は、70代大物女優や元ジャニーズタレントらが脇を固める作品で、広末さん自身も『良い作品にしたい』と意気込んでいました。
しかし、広末さんがオファーを受けた時点での監督が、別のベテラン監督に突然変更になりました。
10年以上ぶりにメガホンを取るベテラン監督と広末さんは相性が悪く、広末さん自身も憂鬱な気分であることをファンクラブの会員が集うグループチャットで嘆いていました。
3月25日には衣装合わせが行われましたが、監督のチョイスに納得がいかない様子でした。
子育てに手を抜けない
広末さんは、『子供が一番』と常々口にしてきました。
ドラマの撮影の合間に現場を抜け、子供の送り迎えをしたりご飯を作ったりしてきました。
鳥羽さんと夜中まで逢っても、明け方には帰宅して子供の弁当を作っていました。
女性として本能のまま恋愛をする末広さんと、子供のために全力を尽くす広末さんが共存し、心身が苦しくなっていたようです。
今回の映画でも、育児と両立できるように関東近郊での撮影で、泊はない約束でしたが、約束は反故されてしまいます。
ロケ場所を確保する中、舞台となる奈良市の全面協力で撮影することになりました。
現地に泊まり込みで、拘束時間の長い撮影を余儀なくされます。
ストレスを募らせながらも、オファーを受けた女優として、本作の座長として責任感を感じていました。
新年度に入り、広末さんは撮影のため、深夜に東京を出発します。
男性マネージャーが運転する黒色のJeepグランドチェロキーで、奈良市まで7時間かけて現場に到着します。
撮影現場での監督とのトラブル
奈良市役所付近で撮影が行われていましたが、演出を巡り広末さんは監督と激しい議論となり、怒った監督は『俺は降りる』と言いだし、現場は大混乱になりました。
共演者たちは広末さんの振る舞いに困惑していました。
今回の作品は、彼女がこれまで出演してきた作品とは勝手が違い、大手配給会社や民放キー局が出資しておらず、製作費は潤沢ではありませんでした。
ギャラも以前の事務所であれば1本1千万円前後でしたが、自身が新たに立ち上げた事務所では100万円に満たない様子で、広末さんはギャラについても不満を抱いていました。
仲裁に入ったプロデユーサーが広末さんと監督双方と話し合いを行い、監督の降板が決まりました。
広末さんの撮影は延期となり、一旦、東京に帰ることになりました。
事故当日4月7日
東京に帰る4月7日、広末さんはプロデューサーとも仲直りし、心機一転、新しい監督とも再び役作りが出来る事と、10日に長女を始業式に送り出し、家族皆で長男の誕生日を祝う事ができる多幸感に包まれハイテンションの様子でした。
午前中に奈良を出発するはずでしたが、広末さんは別の演者のシーンの撮影現場に顔を出し、エキストラにも陽気に絡んでいました。
結局、昼過ぎに奈良を出発し、東京に戻ることになりました。
広末さんは以前から新幹線での移動を好まず、もっぱら車での移動をしていました。
車内のほうが、他人の目を気にせず台本読みが出来るという理由でした。
事故当日、男性マネージャーは持病の腰痛が悪化していました。
それを気遣い、末広さんが運転を変りました。
男性マネージャーは広末さんの妙なハイテンションに不安を感じながらも、広末さんが「休んで」と譲りませんでした。
かくしてその夜、悲劇の事故が起きてしまいました。
前夫、キャンドル氏の発言
前夫のキャンドル氏が以前、週刊文集の取材にこの様な発言をしていました。
「メイクをして派手な格好をして夜遅く家を出ていく回数も増えて、また、あの”症状”が出たのかと」
「今まで然るべきところで診てもらわなかったことが、今回の事態を招いてしまったと強く後悔しています」
10代から生き馬の目を抜く芸能界で過度なプレッシャーに晒されてきた広末さんは、2年に1回のペースで心の安定を崩してきました。
そんな時、彼女は豹変し、別の男にすがる”症状”を起こしてきました。
広末さんは度々「私は病気じゃない!」と口にしてきました。
そして鳥羽氏を「私を暗闇から救ってくれた人なんです」と紹介していました。
広末涼子事故原因の真相は男にすがりつく悪癖だったのまとめ
今回、広末涼子さんの事故原因について記載しました。
新しい情報が入り次第追記させていただきます。
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