オートバイ、ホンダバイクとヤマハバイクの違い

車・オートバイ
アイキャッチイメージ ホンダ カワサキ

HY対決と言われる、オートバイの世界では、ホンダとヤマハは長年にわたりライバル関係にありました。

この記事を読むと、ホンダとヤマハのオートバイの歴史、設計哲学、技術革新、そして過去の名車について理解ができます。

 

オートバイ、ホンダバイクとヤマハバイクの違い

ホンダとヤマハのバイクに対する思想や歴史について記していきます。

 

ヤマハバイクの始まり

ヤマハの創業者はオルガン修理師だった山葉寅楠です。日本楽器製造株式会社を設立し、オルガンやピアノを作っていました。

日本楽器は戦争中に航空機のプロペラ(木製・金属製)を製造していました。

戦後、その技術を活かしてオートバイを作り出します。1950年代には日本中に200近くのバイクメーカーが存在していました。

現在タイヤメーカーであるブリジストンも当時、バイクを製造していました。

ヤマハは「ヤマハYA-1」を1955年に自社の製品第1号として出品します。ドイツのDKW125をベースとしたモデルです。

排気量126cc、最高出力5.6馬力の2ストロークエンジンで13万8000円でした。大学卒初任給が8700円。1万円紙幣がまだ登場していない時代でした。

高額であったことと、楽器屋のバイクということでバイク店には並べてもらえず、日本楽器製造の販売店でピアノと並んで販売されていました。

そんな中、1955年に行われた、第1回浅間火山レース(標高1,000m)に出場し、1位から3位を独占してしまう偉業を達成します。

同年、マン島TTレースに出場することを社員に公表していた本田宗一郎のチームも参加していました。

125ccクラスでのホンダの惨敗でした。

日本楽器製造の、オートバイ部門ヤマハ発動機株式会社として分社化し、2ヵ月後の偉業でした。

映画007で、ジェームスボンドが日本で乗ったスーパーカー、トヨタ200GTのエンジンが、ヤマハのエンジンだったことは有名な話です。

オートバイメーカーのエンジンを使用しなければならない程、ヤマハのエンジンは素晴らしかったということですね。

 

ホンダバイクの始まり

第2次世界大戦で焼け野原になった浜松の街中を本田宗一郎が自転車をかき集め、湯たんぽをガソリンタンクにしてエンジンを自転車に取り付けて、オートバイとして売り出した。

私が、浜松市で働いていた頃、地元の人からよく聞かされた話です。

実際は、戦時中使用されていた、陸軍の無線用小型エンジンを改良して自転車に取り付けていたそうです。

1946年(昭和21年)に新型エンジンを開発し、完成させました。それが、A型エンジンです。

1948年(昭和23年)に買収した工場を組立工場に改造し、BMWなどの海外のエンジンを手あたり次第に分解して研究し、1949年(昭和24年)に本格的バイク、ドリーム号を完成させました。

浜松市中央区山下町のホンダ発祥の地には、現在マンションが建っていますが、歩道沿いに説明版があります。それから浜松市は鈴木の名字は多いのですが、本田の名字はほとんど聞いたことがありませんでした。

 

ホンダバイクとヤマハバイクのデザインとスタイリング

ヤマハのオートバイは、斬新で先進的なデザインが特徴です。

スポーツバイクやレーシングバイクでは、その性能を最大限に引き出すためのエアロダイナミックな形状を追求しています。

一方で、ホンダは機能性と快適性を重視したデザインが多く、幅広い層に受け入れられる親しみやすさを持っています。

クラシックなスタイルからモダンなデザインまで、多様なニーズに応えるラインナップを展開しています。

ホンダのバイクは燃費がよく、クセが少なく乗りやすいなど優等生的なメーカーであるので、それを嫌う人も多いです。

 

ホンダバイクとヤマハバイクの技術とイノベーション

ヤマハは音響技術の知識を活かし、オートバイのエンジン音にもこだわりを見せています。

また、電子制御技術を駆使したライディングサポートシステムなど、ライダーの走行体験を向上させるための革新的な技術を積極的に導入しています。

対照的に、ホンダは環境技術に力を入れており、燃費効率の良いエンジンや電動化技術の開発に注力しています。

また、ASIMOで培ったロボティクス技術をオートバイの安全技術に応用するなど、幅広い技術革新で業界をリードしています。

 

ホンダバイクとヤマハバイクのパホーマンスと用途

スポーツバイクやレーシングバイクの分野では、ヤマハのオートバイが高い評価を受けています。

特に、高性能エンジンと軽量化技術の組み合わせにより、レースでの勝利に貢献するモデルを多数リリースしています。

一方、ホンダは街乗りから長距離ツーリングまで、日常使いからアドベンチャーまで対応する幅広いモデルを提供しており、特に中排気量クラスではその快適性と汎用性で高い人気を誇ります。

 

ホンダバイクとヤマハバイクの市場での位置づけ

ヤマハは若者やスポーツ走行を好むライダーに支持されています。

その一方で、ホンダは初心者ライダーからプロまで、幅広い層に選ばれています。

ホンダは世界最大のオートバイメーカーとして、その信頼性と品質で多くのファンを持っています。

 

ホンダバイクの履歴

ホンダが生み出した過去の名車に焦点を当て、それぞれの特徴、歴史的意義、そしてオートバイ文化への影響について掘り下げていきます。

 

1. ホンダCB750 (1969年)

CB750は「世界初のスーパーバイク」として広く認識されており、その登場はオートバイ業界における画期的な瞬間でした。

4気筒エンジン、ディスクブレーキ、電気式スターターを備えたこのモデルは、当時としては前例のない高性能と信頼性を提供しました。

CB750のデザインと技術は、その後のオートバイの設計に大きな影響を与え、現代のスポーツバイクの基礎を築きました。

 

2. ホンダ Super Cub (1958年)

Super Cubは、世界で最も生産されたオートバイであり、そのシンプルで実用的なデザインは今日でも多くの人々に愛されています。

耐久性が高く、維持費が低いことから、世界中で広く普及し、多くの国で人々の日常の足として利用されています。

Super Cubは、ホンダの哲学「人々の役に立つものを作る」を体現したモデルです。

 

3. ホンダ NSR500 (1984年)

NSR500は、モーターサイクルレースの世界で伝説的な存在です。

このバイクは、1980年代から1990年代にかけてのグランプリレースで多くの勝利を収めました。

革新的なV4エンジンと軽量なシャシー設計で、その時代のレーシングシーンを席巻し、レース技術の進化に大きく貢献しました。

 

4. ホンダ Africa Twin (1988年)

Africa Twinは、パリ・ダカールラリーからインスピレーションを受けたアドベンチャーバイクです。

耐久性とオフロード性能に優れ、長距離のツーリングから厳しいオフロードまで、あらゆる環境に対応できる設計が特徴です。

Africa Twinは、冒険を愛するライダーにとってのアイコン的存在となっています。

 

5. ホンダ VFR750R RC30 (1987年)

VFR750R RC30は、レース用に開発されたハイパフォーマンスモデルです。

その精密なエンジニアリングと卓越した性能は、ロードレース世界選手権(WGP)やスーパーバイク世界選手権での成功につながりました。

RC30は、技術的な傑作としての評価が高く、コレクターの間でも高い人気を誇ります。

 

ヤマハバイクの履歴

ヤマハが生み出した過去の名車にスポットを当て、その魅力と歴史的意義を深掘りしていきます。

 

1. ヤマハ RD350 (1970年代)

1970年代に登場したヤマハ RD350は、その卓越した加速性能と軽快なハンドリングで「ジャイアントキラー」と称されました。

2ストロークエンジンを搭載し、当時のオートバイ市場において革新的な存在でした。

RD350はレーストラックから公道まで幅広く活躍し、オートバイの楽しさを多くの人に伝えました。

 

2. ヤマハ SR400 (1978年)

SR400は、そのシンプルながらもタイムレスなデザインと信頼性の高いパフォーマンスで長年にわたり愛されてきたモデルです。

キックスタートのみのシンプルな仕様は、ライダーにとってエンジンを始動させるたびに喜びを感じさせるものでした。

SR400は、カスタムカルチャーの中でも特に人気があり、多くのカスタムバイクのベースとして使用されています。

 

3. ヤマハ VMAX (1985年)

VMAXは、その圧倒的な加速力と独特の外観で、オートバイの世界に新たなジャンルを切り開きました。

V4エンジンを搭載し、スポーツバイクとクルーザーの中間に位置するこのバイクは、パワーとスタイルを兼ね備えていることで知られています。

VMAXは発売以来、多くの改良を経て現在も生産されており、その魅力は色褪せることがありません。

 

4. ヤマハ YZF-R1 (1998年)

YZF-R1は、スーパースポーツカテゴリーにおけるヤマハのフラグシップモデルとして登場しました。

その軽量なフレームと高出力エンジンの組み合わせは、極めて高いパフォーマンスを実現し、世界中のレースシーンで多くの成功を収めました。

YZF-R1は、レーシングテクノロジーを公道用オートバイに応用した最初の一例として、その後のスーパースポーツバイクの発展に大きな影響を与えました。

 

5. ヤマハ TZR250 (1980年代後半)

TZR250は、レースで培われた技術を基に開発された2ストロークスポーツバイクです。

その軽量なボディと高回転型エンジンは、独特の走りを提供し、特に若いライダーから絶大な支持を受けました。

TZR250は、2ストロークエンジンの魅力を最大限に引き出したモデルとして、今でも多くのファンに愛されています。

 

オートバイ、ホンダバイクとヤマハバイクの履歴のまとめ

・オートバイ、ホンダバイクとヤマハバイクの違い

・ホンダバイクとヤマハバイクのブランドの歴史と哲学

・ホンダバイクとヤマハバイクのデザインとスタイリング

・ホンダバイクとヤマハバイクの技術とイノベーション

・ホンダバイクとヤマハバイクのパホーマンスと用途

・ホンダバイクとヤマハバイクの市場での位置づけ

・ホンダバイクの履歴

1. ホンダCB750 (1969年)

2. ホンダ Super Cub (1958年)

3. ホンダ NSR500 (1984年)

4. ホンダ Africa Twin (1988年)

5. ホンダ VFR750R RC30 (1987年)

・ヤマハバイクの履歴

1. ヤマハ RD350 (1970年代)

2. ヤマハ SR400 (1978年)

3. ヤマハ VMAX (1985年)

4. ヤマハ YZF-R1 (1998年)

5. ヤマハ TZR250 (1980年代後半)

・オートバイ、ホンダバイクとヤマハバイクの履歴のまとめ

ホンダバイクとヤマハバイクについて記載させて頂きました。ご愛読有難うございました。

こちらの記事も、ご一読頂けると嬉しいです。

 

 

 

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